お侍様 小劇場
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   “冬のとある日の…” 〜寵猫抄より


敏腕秘書殿が調べたところによれば、
オオルリは 日本では四月頃に渡って来る夏鳥で、
10月以降の秋冬は、東南アジアへ渡って行ってしまうのだとか。

 「…みゅう〜〜。」

向こうのお国が果たして自分たちの住む“日本”と地続きなのかどうかは、
仔猫たちはおろか大人たちにもよくは判らない。
前にも触れたが、
キュウゾウくんが猫耳を持つ存在であることから伺えることとして、
もしかしたらば“異次元”という、
成り立ちからして別枠の異世界なのかも知れぬ。

  とはいえ、

春先、こちらへ初めてのお便りを運んでくれた折、
随分と早く渡ってきたそのまま、
小さな坊やたちの想いを取り持つ伝書役を果たしてくれること、
自分から買って出てくれたんだよと。
キュウゾウくんが説明してくれたように、
向こうでもやはり渡り鳥には違いないそうなので。

 「そう。木蓮へ呼びかけても来てくれないか。」

以前だったら、こちらからのお便りも、
こちらの久蔵が古木蓮の根方へ呼びかければ、
しばらくしてから飛んで来てくれての運んでくれた青い小鳥。
それだのに、年明けからこっちは、そういえば姿を見かけなくなった。
残暑が続いて暖かな秋が長かったのは向こうさんもだったのだそうで。
それで長いこと姿を見ていたものだから、
ついついそういう理屈にピンと来なかった。
夏が似ていたように冬も似ているものなのか、
だとすれば向こうさんは、今頃はもっと凄まじい積雪なのやも知れぬ。
こちらではそれほど降らなかった昨年の冬も、
カンナ村は例年通りに雪が積もったという話だったし。

 “キュウゾウくんが来なくなったのと同じ頃合いから、だものねぇ。”

そして、だとすれば、こちらの久蔵が守らなければならない約束事がひとつ。
それはそれは豪雪地のカンナ村なので、
しかも向こうの出入り口は村から少し離れた鎮守の森の中なので。

 『向こうの祠から見えたお外が、雪で真っ白になってたら。
  そのまま、こっちへ引き返すんだよ?』

来るなと言われたわけじゃあないけれど、
お正月も明けたのに、向こうから一向にお越しにならぬということは…

 “もう、とんでもなく積もっているのかもしれないな。”

こちらでも、
クリスマスだけとか、お正月だけというような、
短期的なそれじゃあなくの、
次々襲い来る寒波に居座られ続けており、
平野部でも思いがけなく雪が舞うほど、こうまで寒いのだ。
庭へと向いた大窓を“開けて”とせがんで木蓮の木まで。
ぱたたと駈けてった仔猫さんが、
だがだが、何の応答のないのへ小さな肩を落とす姿が、
尚のこと寒々しく見えてならず。

 「…久蔵、ほらお家へ上がろ。」

わざとにゆるく編んだ裏地つきという、
特製のジャケットを羽織らせちゃあいるが、
剥き出しのお手々を、無意識にも擦り合わせている所作が、
風の冷たさを伝えてる。
こちらさんは、ポーチに並べたプリムラの鉢を点検していた七郎次が、
その間はちらちらと見ていた坊や。
三頭身あるかなしかという幼い身で、
なのに“寂しいです”と如実に示す佇まいなのが、
見ているこちらも切なくて。

 “そうさ。アタシが居たたまれないから辞めさせるんだ。”

我儘からのこと、だから強引に引っ張ってこうと、意を決して。
時折、いぬつげの茂みを騒がすほどに吹き来る風に、
金の綿毛を掻き回されてもいるおちびさんへと近づけば、

  「……久蔵?」
  「みゃっ?」

そんなおっ母様より、ほんの一呼吸ほど先んじて、
坊やがじいと眺めていた木蓮からのお声が立って。
ひょこりと根方からその身を乗り出してきた人影が一つ。
こちらの世界では民芸品とかお芝居でしか出ては来ないのではなかろかという、
それでも真新しい藁でなわれた、蓑笠を着た小柄な少年で。

 「凄いな、久蔵。俺が来ること、どうして判った?」

オオルリさんのお知らせもなかったのにと、
屈託なく、ちょっぴり驚きを含ませての朗らかな言いようをする坊やなのへ。
みゃうにぃとそりゃあ嬉しそうに抱きついた久蔵だったが、

 「その格好ということは、向こうはやっぱり大雪なんだね。」
 「あ、こんにちはvv」

七郎次が掛けてきたお声へ、あっと顔を上げた向こうの坊やは、だが、
自分へと抱きついた久蔵の小さな肩を見下ろすと、

 「あのあの、久蔵に暖かい格好をさせてやってくれますか?」
 「おや。」

どうやら、カンナ村へおいでというお誘いだったようで、
そういえば、冬の間の向こう様からのお誘いというのは、
いつもこういう運びではなかったか。
先触れがいないのは仕方がないし、
あちらさんの大人たちは良識のある方ぞろいでもあったので、
無茶もさせねば、陽が落ちる前に帰してくださるのも間違いないとあって。

 「判りました。…あ、そうそう。」

七郎次が思いついたのは、今朝方のお買い物で、
美味しい和菓子を少し多い目に買ったこと。
ウサギの形のじょうよ饅頭で、
干支だということでの売り出し品でもあったため、
ついつい大箱で買い求めてしまったもので。
なんて間がいいんでしょと嬉しい気分のまま、
手土産にと包み直しての小さな坊やたちへ持たせれば。

 「わあ、お祝いの品が増えちゃった。」

小さい久蔵のマフラーと手套を直してやっていたキュウゾウくんが、
嬉しそうに笑って見せて、

  あのねあのね?
  今日は俺たちの里を見守ってくれているお姉さんのお誕生日なんだ。

 「弓のお稽古を始めてみたり、とっても元気なお姉さんで。
  俺たちのこと、とっても大事にしてくれて。」

だからあのね? ビックリのお祝いをしようって、
コマチちゃんたちと相談してたんだけど、
だったら久蔵も一緒がいいんじゃないかって。

 「みゃっ!」
 「そう、久蔵もお祝いしたい?」

そりゃあ嬉しそうに真っ赤なお眸々をキラキラさせて、
危なっかしい足元なまま、ぴょこたんと飛び跳ねるおちびさんと手をつなぎ、
それじゃあ、明るいうちに戻ってきますねとの約束を残し、
木蓮の根っこ、小さな久蔵よりも細いところへ、
どういう手際かすうと姿を消した二人の和子を見送って。
楽しいお祝いになるといいですねと、
やんわり笑った七郎次。

 「…さって、それじゃあこちらもお茶にしましょうか。」

初春そうそう、原稿を落としたよそのせんせえの代行、
鬼追いの話をやっつけで執筆中の島田せんせえへ、
美味しいお茶を淹れて差し上げなくっちゃねと。
白い手を口許まで引き上げると、
息を吹きかける仕草の陰にてふふふと微笑い、
殊更に弾んだ足取りで、リビングまでを戻っていった、
金髪の美丈夫さんだったのでありました。





   〜Fine〜  2011.01.11.


  *あああ、微妙に日を跨いでしまった。
   いつもお世話になっております、
   「
Sugar Kingdom」の露原藍羽さんが
   お誕生日をお迎えだったそうで。
   祝ってもらってばかりで、なのに覚えてなくってすいません。
   本当におめでとうございます
   ちびちゃいのが行きましたので、どうか相手してやってくださいませvv
   そして、今年もどうぞよろしくですvv

  *追記。
   藍羽さんのお宅で続きを書いていただきましたvv
   猫シリーズの“鏡開き”というお話ですvv

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